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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5460号 判決

原告 廖有益

被告 東京都

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の陳述した申立、主張は別紙の通り。

証拠関係

(1)  原告提出の書証

甲第一号証乃至第十六号証、第十七号証の一乃至七、第十八号証の一、二、第十九、第二十号証

(2)  原告援用の証人、本人の供述、

証人蔡光庭、同豊原敏雄、同鈴木次男、同谷口成之、同謝長河、同姜漢英、原告本人の各供述

(3)  乙号証の成立に関する原告の認否、

乙第一号証の成立は不知。同第二、第三号証の各一乃至三、同第四号証の一、二の成立認める。

(4)  被告提出の書証

乙第一号証、第二、第三号証の各一乃至三、第四号証の一、二、第五号証、

(5)  被告援用にかかる証人の供述

証人恩田錫太郎、同伊藤茂生、同麻生錫次郎、同本沢博男の各供述

(6)  甲号証の成立に関する被告の認否。

甲第十七号証の三乃至五、同第二十号証の成立はいずれも認める。第十七号証の四、五はいづれも被告の利益に援用する。その余の甲号各証の成立はいづれも不知。

理由

一、原告が東京都豊島区池袋二丁目八五六番地の一所在木造トタン葺二階建、建坪、二階各二坪(延四坪)の建物(以下本件建物と略称)を所有していたこと、東京都知事が昭和二十八年十二月二十六日に、右建物敷地(以下本件土地と略称)が昭和二十一年八月二十日戦災復興院告示第一〇〇号によつて決定された「東京復興都市計画池袋駅附近広場造成地」であり、かつ、同年十月一日東京都告示第五〇六号で「東京復興都市計画土地区画整理施行第十地区」と告示された土地の一部として、原告に対し本件建物の除却命令を発し、次いで、同二十九年二月二十七日、同年三月二十九日、及び、同年十二月二十三日に、夫々、代執行のための戒告書を発したこと、並びに、本件建物が昭和三十年三月七日除却されたことは、いづれも、当事者間に争いない事実である。

二、原告は、右建物除却は、東京都知事の違法な行政代執行により為されたと主張し、被告は、都知事が右建物除却の代執行を為したものでないと主張するので、先づこの点について判断する。

(1)  先づ、本件建物除却に至るまでの経緯について考えるに、成立に争いない甲第十七号証の三乃至五、証人豊原敏雄の証言により真正に成立したと認められる甲第二乃至第四号証乙第一号証、証人蔡光庭の証言により真正に成立したと認められる甲第一五号証並びに、証人蔡光庭、同豊原敏雄、同恩田錫太郎、同伊藤茂生、同谷口成之、及び、原告本人各尋問の結果(但し、証人蔡光庭、同恩田錫太郎の各証言、原告本人の供述中左記認定事実に反する点を除く。)を綜合すると、本件土地を含む豊島区池袋二丁目八五五番地の一、同八五六番地の一、同八五七番地の一は訴外恩田錫太郎の所有地であつたが、地上の建物は今次大戦中強制疎開により除去され、戦後はしばらく空地となつており、訴外伊藤茂生が右恩田の代理として、これを管理していたが、昭和二十二年暮頃から、露天商をしていた訴外蔡光庭等が伊藤に対し右土地上に建物を建築して使用させて欲しい旨申出ていたが、伊藤はこれを拒絶していたところ、翌二十三年一月末頃の三、四日の間に右土地の以前の借地人と称する者達が、恩田或は、伊藤に無断で同所に数棟数十戸の建物を建築するに至つた。そこで、伊藤は、蔡の再三の申出により、恩田の右所有地中残つている部分を蔡に使用することを許し、蔡は同所に二棟十数戸の建物を建築した。ところが、右建物は、総て、間もなく同年二月頃に、東京都当局により不法建築物として強制的に除却され、同年三月頃、右建物跡の一部は所有者恩田の承諾の下に東京都により前記都市計画施行のための路型を作るために整地された。ところが、右都市計画事業の実施は予算その他のため容易に進捗せず東京都が右整地後直ちに道路等の造成に着手せずに放置しておいたので、蔡等は同年なかば頃、再び、右地上に訴外具昌烈と共同で二十八区切りのバラツクを建て、その後において伊藤に対し右土地の使用許諾方を申出て来たので、伊藤としては、前記の如く、蔡が建物を建てながら間もなく取毀されたことに同情し、かつ、当時本件土地についてはまだ具体的に都市計画の実施がなされておらず空地の状態になつていたので既に建てて了つたものは仕方がないとして、土地所有者が使用を必要とする場合、及び、都市計画が実施される場合には直ちに明渡すという了解の下に蔡に対し右土地の一時使用を許した。蔡は、右バラツク建物の一区切りを原告に代金五万円で譲渡し、他の部分もそれぞれ代金を取つて他人に譲渡し、その後は、各譲受人から地代と称してそれぞれ一ケ月金千二、三百円位を取立てていたが、土地所有者に対しては特に右土地賃貸料等を定めて、その支払いをするようなことはなかつた。その後、昭和二十六年頃になつて右バラツクの居住者らに対し、東京都第四復興区整理事務所から、バラツク建物の徹去方が勧告され、同年五月一日付でもつて、居住者一同連名で同年七月三十一日限り池袋駅前区画整理のために右バラツク建物及び附属の工作物を移転除却する旨の誓約書を右事務所長に対して差入れ、これが除却を約した。しかし、原告は右誓約書が作成された時、不在であつたため、これに署名押印はしなかつたが、原告の建物の分として訴外豊原敏雄が趙南俊という自己の名義で記名押印したのに対し、原告は特に異議を述べるようなこともなかつた。ところが、右誓約書による約定の日を過ぎてもこれが徹去はされなかつたため、原告を含めて右建物の各居住者に対し前認定のような建物除却代執行の戒告書が発せられ、遂に、前認定の日に除却されるに至つた。原告は蔡より建物譲受後、これに増築をなし、前認定のような規模の建物にしたものであることを認定することができる。右認定に反する証人蔡光庭、同恩田錫太郎の各証言部分、原告本人の供述部分は措信できない。

(2)  次に、本件建物を含む、前認定の二十八区切りの建物が除却された当日の状況を、右除却が代執行によるものか否か、の点を中心として考えると、証人豊原敏雄、同麻生錫太郎、同謝長河、同本沢博男、同姜漢英及び、原告本人尋問の結果を綜合すると、前認定のように代執行のため戒告書が発せられても、建物は除却されなかつたので、東京都知事は代執行により除却することを決定し、昭和三十年三月七日早朝、都の職員約三十人が、人夫約四、五十人(この人数については当事者間に争いない。)を引卒して現場に赴き、各居住者に対し代執行によつて建物を除却する旨を告げたところ、居住者らは代執行による除却に反対し、ここに、都の職員と居住者達の代表者との間に交渉がなされたけれども、都としては、当日の代執行はあくまでも行うとの強い態度であつたため、結局居住者らは不満ながら建物除却を承諾せざるを得なかつた。そこで、除却の方法について協議した結果、居住者各自において除却することにし、必要に応じて都の連れて来た人夫を無償で提供するという形式を執ることにした。そのため、動産等は主として居住者が各自整理搬出し、建物の取毀しは都の職員、人夫らが実際にこれに当り、結局、同日午後三時頃建物除却の作業は終了した。原告も、この除却には反対したけれども、周辺の建物が次々と取毀され始めるや、自己の動産等は友人の訴外謝長河、同姜漢英らの手伝いにより自ら整理搬出に当り、その内一部の物は人夫が屋外に搬出したものであることが認められる。

右に認定の事実関係によると、本件建物の除却は、代執行という形式(名目)にしなかつた(従つて、その執行費用などは生じない)とはいえ、都の職員が代執行を為す目的で現場に臨み、代執行を為す旨告げている点、都は当日あくまで代執行により建物を除却するという強い態度を示したので居住者はやむなくこれを承諾した点、動産等の整理搬出は主として居住者が之を行つたとはいえ、家屋の取毀しは都の職員人夫により行われている点等を考えれば、実質的には代執行によるものと言うべきであつて、本件建物等の除却は代執行によつてなされたものでないとの被告の主張は採用し得ない。

(3)  そこで、右代執行が違法なものであるか否かの点であるが、原告が主張するその違法原因の第一点は、本件土地が都市計画施行区域として公示された土地の範囲外であるというのであるが、前記(1) 認定の事実関係-ことに、本件建物をふくむ二十八区切りの建物の居住者らは右建物敷地が都市計画実施予定区域内であることを承知して、期限付きの立退きの誓約書を出している点-と、成立に争いない乙第二第三号証の各一乃至三、同第四号証の各一、二、並びに、前記(1) に掲記した各証拠を綜合すれば、本件土地は前認定の戦災復興院告示第一〇〇号(この告示は昭和二十四年五月十日建設省告示第四二二号で一部変更された。)東京都告示第五〇六号で夫々都市計画施行地区と指定された土地の範囲内に存在していることを認めることができ、右認定に反する証人恩田錫太郎、原告本人の各供述部分、甲第十七号証の一、二、同号証の六の各記載等は右各証拠に対比して措信し得ないし、その他右認定を左右するに足る証拠もない。よつて、本件土地が都市計画実施区域として公示された土地の範囲外であるとの原告の主張は採用し得ない。

(4)  更に、原告は、本件代執行は都市計画の理念に反し、一部の近隣業者に利益を与える目的で行われたものであるから違法なものであると主張するのであるが、本件「池袋駅附近広場造成地」としての都市計画の対象として決定された土地は約四千坪で本件代執行の対象となつた土地は、その内約四十坪であることは当事者間に争いなく、実施区域内の他の相当広汎な土地について都市計画事業がいまだ実施されていないことは弁論の全趣旨から認められるけれども、右事実を以て、直に本件代執行が違法なものであるということはいえず、又、本件代執行が原告が主張するような違法な目的のために行われたことは、これを認めるに足る証拠もない。かえつて、証人谷口成之の証言によると、池袋駅附近の都市計画は、その実行のための予算の関係から、当初の計画通りには進行していないけれども、東京都の都市計画事業中では重点的区域と考えられており出来るだけ速かに実行される必要のあるものであることを認めることができるので、原告の右主張も、又、理由がないものと言わなければならない。

(5)  次に、本件代執行は原告に対し本件土地の換地を指定するか、又は、適正な補償を為すことなく行われたものであるから違法であると原告が主張する点について考えるに、前記(1) 認定の通り、本件土地を含む二十八区切りの建物敷地については、蔡光庭が都市計画実施区域であることを知つており伊藤茂生から使用の許諾を得たとき、都市計画が実行されるときには直に明渡すことを承諾していたものであるから、原告が蔡より本件土地の使用権を適法に承継したとしても、原告の使用権の内容は土地所有者に対し右蔡の使用権の範囲を出るものではなく、従つて、都市計画が実行されると同時に右蔡と伊藤間の約定により、原告は本件土地をその所有者に明渡す義務があり、換言すれば、都市計画実行と同時に原告の本件土地使用権は消滅したものと言わざるを得ない。その他に、原告が本件代執行当時本件土地を使用し得る権限については何等の主張立証もないのであるから、原告は本件代執行当時においては本件土地に対しては何らの権利をも有してなかつたものであり、都知事としては、借地権の届出もなかつた(右事実は当事者間に争ない)無権限の土地占有者たる原告に対し、換地の指定或は補償を為す義務もないものと言わなければならず、原告の右主張も採用することはできない。

以上説示した如く、本件代執行は、原告が主張するような違法なものでなく、従つて、原告主張の本件除却命令及び本件代執行の違法を原因とする被告に対する損害賠償の請求は、いづれもその理由なきに帰する。

三、次に、本件代執行の方法が乱暴であつたため、原告の動産が毀損され、損害を受けたと、原告が主張する点について考えるに、証人豊原敏雄、同謝長河、同姜漢英の各証言、及び、原告本人の供述によると、本件代執行の際に原告所有のマネキン人形、鏡、火鉢、ウインドケース等が一部破損したことは認め得るけれども、この破損が、東京都の職員、又は、その雇入れた人夫の故意過失によるものであると認めるに足るべき証拠は十分でなく、かえつて、右各証人の証言、原告本人の供述、並びに、証人麻生錫次郎、同本沢博男の各証言(但し、証人謝長河、同姜漢英の証言、及び、原告本人の供述中、後記認定事実に反する点を除く。)を綜合する、前認定(二の(2) )の如く、本件代執行当日は、各居住者は自己自らその動産の整理搬出に当り、原告も同様に謝長河、姜漢英らの手伝により自己の商品家財道具等の整理をし、かつ、これを搬出したものであつて、ことに、原告の建物の取毀しは最後となつたので、午後になつて取毀されたものであるから、屋内の動産の整理搬出には他の居住者に比較してその時間的余裕も多かつたことが認め得るのであつて、右認定事実よりするならば、前認定の原告の動産類の損傷は必ずしも東京都側の職員或は人夫の行為に基くものともいえず、仮に、多少乱暴に執行した点があつたとしても、前認定の事実関係の本件ではそれを以て被告に過失がありその損害を賠償する義務があると解するのは相当でない。よつて、原告の右主張もその理由がないものと言わなければならない。

四、最後に、原告が主張する本件建物除却による損失の補償の点について考えるに、本件建物は都市計画区域内に建築せられたものであることは前認定の通りであり、かつ、証人伊藤茂生、同蔡光庭の各証言、原告本人の供述によると、これが建築、及び増築に当つては建築基準法等建物関係諸法令に基く、確認、又は、許可を得ていない、いわゆる違反建築物であることが認められる。そうであると、原告が主張するような旧特別都市計画法によつて準用する旧耕地整理法第二十七条による損害の補償は、旧特別都市計画法施行令第三十五条によりこれを為すべきでないから、原告の右主張も、又、理由がない。

五、以上、説示したように、原告の本件損害賠償請求は、総てその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

(別紙)

一、請求の趣旨

(一) 被告は原告に対し金一、六一三、四〇〇円及びこれに対する昭和三十年七月三十日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三、請求原因。

(一) 原告は昭和二十三年三月東京都豊島区池袋二丁目八五六番地ノ一(以下本件土地という)地内所在の木造トタン葺二階建建坪二階各二坪の建物(以下本件建物という)を訴外蔡光庭から買受けて所有者となつた。又本件宅地は訴外恩田錫太郎の所有であつたが、当時は終戦直後のことであつたため、右土地の管理を右蔡に任せており、原告は右蔡から本件建物を買受けると同時に右建物の敷地を貸借した。

(二) 東京都知事は、昭和二十八年十二月二十六日本件土地が昭和二十一年八月二十日戦災復興院告示第一〇〇号によつて決定された「東京復興都市計画池袋駅附近広場造成地」であり且つ同年十月一日東京都告示第五〇六号で「東京復興都市計画土地区画整理施行第十地区」と告示された土地の一部であるとして、原告に対し本件建物の除却命令を発し、次いで昭和二十九年二月二十七日及び同年三月二十九日同年十二月二十三日夫々代執行のための戒告書を発したうえ、昭和三十年三月七日代執行によつて本件建物を除却した。

(三) しかし右知事のなした前記除却命令は違法であり、従つて代執行処分も又違法である。

(1)  前記昭和二十一年十月一日東京都告示第五〇六号で区画整理施行第十地区とも告示された土地の中には本件土地は包含されていない。即ち右告示の土地は同町二丁目八六五番地であつて本件土地ではない。従つて本件土地に対しては右知事は除却命令を発することができない。

仮りに区画整理施行地区に含まれるとしても告示がなかつたのであるから、その施行手続には重大な瑕疵があり、右除却命令は違法である。

(2)  前記「池袋駅附近広場造成地」として都市計画が決定された土地は約四千坪余の面積にわたつているのであるが、原告に対する右除却の代執行とともに施行しようとする土地は原告外二十二名の居住する約四〇坪についてのみである。その余の土地については放置したままでいつ実施するかの計画もなく、又その予算もなく、何年先か全く不明のままで、四千坪余のうち僅か四十坪のみの施行をなすことはそれ自体都市計画事業の理念に反し違法となるのみならず、本件建物の除却は、一部近隣業者に利益を供与する目的でなされたものであつて違法である。即ち本件建物等を除却した後の四十坪の土地には、十数名の靴磨き屋、十数名の露天商の営業場となり又本件土地に隣接する東横百貨店の貨物自動車置場となり、近隣商店の自転車置場や空箱推積場となつていることからみても、本件除却の執行は区画整理のためになされたものではなくて、近隣業者に便宜を与えるためになされたことは明らかであつて違法である。

(3)  原告は前記のとおり本件建物の敷地を適法に賃借しているのであるから、知事は原告に対し換地を指定するか或いは適正妥当な補償をなしたうえで除却すべきである。尤も原告は特別都市計画法施行令第四十五条による権利申告をしなかつたが同条は、土地の権利者の所在不明とか遠隔の土地に居住し連絡が不便であるとかの場合には権利の申告をまたなくとも施行してよい旨を規定するだけであつて、本件の場合においては本件土地のすぐ近くに区画整理事務を担当する東京都第四復興区画整理事務所が設置されておつて、知事は原告の右借地権を有することを知悉しているのにもかかわらず、原告の右借地について換地の指定もせず正当なる補償もなさないで、本件建物の除却を命ずることは違法である。

(4)  原告は他の除却を命ぜられた二十二名の者等とともに前記(1) ないし(3) の理由によつて本件除却命令が違法であることを知事に具申し且つ代執行の実施の延期を要請したのであるが、都知事は後で損害賠償をすればよいとききいれずに代執行を強行したのであつて、本件除却の代執行が東京都知事の故意或いは過失による違法な行為であることは明らかであるから被告は右違法な除却の代執行によつて原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

(四) 又昭和三十年三月七日午前五時頃東京都建築局の谷口総務部長等吏員約三十名は人夫四、五〇名を引卒して本件土地に来て午前中に任意退去しない場合は代執行する旨を告知した後、午後二時頃原告の家の外側から言葉に尽されぬ乱暴な手段で家屋の取毀しに着手した。原告の店舗は小さいが高級の商品を販売しているため室内の装飾等に多額の費用を投じているのであるが、それらに毫末の注意もしない有様なので、原告は備品等を損傷しない様注意して施行して貰いたいと要請したが、吏員達は潮笑し人夫達の乱暴な取毀しを放任した。

家屋除却に当る公務員は備品等に損害を生じないよう指揮監督する職務上の義務があることは勿論であり、人夫も又損害を生じないよう作業する義務があるのに右義務に反し乱暴な作業をなし、又その作業を放任したものであるから、右作業によつて生じた原告の損害も又被告において賠償する責任がある。

(五) 原告の損害額は次のとおりである。

(1)  本件土地は池袋駅西口の東横百貨店と道を隔てた繁華街にあり、その借地権利金は一坪当り五〇万円ないし一〇〇万円と評価されているところであり、原告は本件建物において昭和二十三年以来「バンビ」という商号で毛編製品の販売をなし大衆の愛顧を受け繁盛しており、一ケ年最低七五万円の利益をあげていた。ところが、被告の本件建物の除却により、本件建物そのものと共に、右の営業上将来得べかりし利益も、喪失するに至つたものである。よつて、本件建物自体の価格及び、右喪失利益を時価に見積ると、最底一五〇万円となり原告は、本件建物の違法な除却により、右同額の損害を蒙つた。

(2)  又、本件建物の違法な除却により、左の諸設備を喪失し、その時価相当額の損害を蒙つた。

(イ) 水道の配管工事 金一〇、〇〇〇円

(ロ) タイル張流設備費 金五、〇〇〇円

(ハ) 電話設置費 金五、四〇〇円

(ニ) 電線配線工事費、及び、螢光等設置費 金五〇、〇〇〇円

合計 金七〇、四〇〇円

(3)  代執行の方法が乱暴であつたため次の損害を蒙つた。

(イ) 壁にはめ込になつた鏡の破損 一個 金一〇、〇〇〇円

(ロ) 卓上鏡の破損 一個 金三、〇〇〇円

(ハ) 商品入ケースの硝子の破損 一揃 金六、〇〇〇円

(ニ) マネキン人形の破損 金一五、〇〇〇円

(ホ) 看板 二個 金七、〇〇〇円

(ヘ) 手あぶり火鉢 一個 金二、〇〇〇円

合計 金四三、〇〇〇円

(六) 仮りに東京都知事のなした本件建物の除却が違法でないとしても、特別都市計画法によつて準用する耕地整理法第二十七条によつて被告は右区画整理の執行によつて原告に生じた前記(五)記載の損害を補償しなければならない。

(七) 以上の理由で本件建物の除却によつて原告の蒙つた損害額合計一、六一三、四〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三十年七月三十日から支払済に至るまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

四、請求原因に対する被告の答弁及び主張

(一) 請求原因(一)記載の事実中原告が本件建物の所有者であること、本件土地の所有者が恩田錫太郎であることは認める。その余は不知。

同(二)の事実中本件建物を代執行により除却したとの点は否認するがその余の事実は認める。

同(三)の事実中(2) 原告に対する除却命令ととも約四十坪が施行され他は施行されていないこと(3) 原告が権利申告をしなかつたこと(4) 原告外二十二名の者が原告主張の理由で代執行の延期を要請したことは認めるがその余の事実は争う。

同(四)の事実中原告主張の日時に吏員三十名が人夫四、五十名を引卒して本件土地におもむいたことは認めるがその余は否認

同(五)の事実中本件土地の位置が原告主張のとおりであることは認めるがその余は争う。

同(六)の事実は争う。

(二) 本件建物に対する除却命令は違法でない。

本件土地を含む一帯の土地(合計約二千坪)は強制疎開地であるが、昭和二十一年八月二十日戦災復興院告示第一〇〇号によつて東京復興都市計画池袋駅附近広場街路造成地としての都府計画が決定され、同年十月一日東京都告示第五〇六号をもつて東京復興都市計画土地区画整理施行第十地区としての告示があつた。土地区画整理事業施行者たる東京都知事は、右駅前広場街路造成の一段階として昭和二十三年三月本件土地を含む駅の前面土地一帯の整地工事を施行することとなつたので、そのことにつき豫め関係土地所有者の承諾を得るとともに、なお、工事施行後は駅前広場街路として空地にしておく必要上、とりあえず知事が所有者に代つて右一帯の土地を管理することとし本件土地についても右恩田からその旨の承諾を得た。

ところが工事施行後間もなく十数名の者が車付の屋台店で本件土地を無断で占拠し、それがいつの間にか土地に定着する建物と化したので東京都第四復興区画整理事務所長はその建物の所有者占有者全員二十名に対し建物の除却、退去を求めたところ同人らは昭和二十六年五月一日付書面(乙第一号証)で同年七月三十一日限り建物その他工作物を移転除却する旨の誓約書を差し出した。

右誓約書の連署者の一人である趙南役の建物が本件建物であつて原告はその後に本件建物を取得したものである。

しかるに右誓約は履行されなかつたので駅前広場造成の第一着手として改正前の都市計画法第十二条第三項により準用する旧耕地整理法第二十七条に基き原告主張の日に本件建物の除却立退を命じ、次いで原告主張の日に戒告書を発したもので、なんら右除却命令及び行政代執行の戒告は違法でない。

(三) 原告は本件建物の敷地についてなんら使用の権原を有しないものであり、従つて旧特別都市計画法施行令第四十五条但書による権利の申告もなかつたから知事は原告に対し旧特別都市計画法第十三条に基く換地豫定地指定の通知をする義務はない。

(四) 代執行によつて本件建物を除却した事実はない。

原告主張の日代執行をなすべく執行責任者である第四復興区画整理事務所長外係員が本件土地に臨んでからも、原告を含む除却すべき十四戸の代表者豊原敏雄、竹花猛等との間に各自に除却するか、代執行するかの交渉を続けた結果遂に各自において除却することに協議ができたが、その際人手の足りないものには要求によつて役所の傭入れた人夫を手伝わせることにしたのであつて、原告は自ら商品を包装し、本件建物の取毀しも、原告の要求によつて被告の傭れの人夫を供給し、原告自ら作業を行つたものであつて、原告主張の損害が仮りにあつたとしても、それは原告自身の行為に起因するものである。

(五) 仮に本件建物の除却が代執行によつたとしても、原告は動産等に何ら損害を蒙つておらず、仮に、損害を蒙つたとしても、被告に損害賠償の責任はない。即ち、

(1)  本件建物除却当日、除却のき対象となつた建物は、原告のものを含めて十四戸であつたが、当日早朝から、一部の者は自己自ら商品家財道具等の整理に着手し、午後一時半頃までにはその整理を終つていたものであり、建物中に商品、又は、家財道具が存在するのに建物を倒したような事実はない。原告についても、当日早朝から、友人等の手伝いにより屋内の商品等はすべて搬出し、重い物を二階から下す時だけ都の人夫が手伝つたのみである。又、原告の家屋は建坪二坪のバラツクであり、二階も同様で狭少な建物であるから、その内部の品物を搬出するのに時間がかかる訳はなく、家屋取毀時においては、総て搬出されていたのであるから、取毀による損傷は生じない。

(2)  仮に、家屋取毀時において屋内に品物が残在し毀損されたとしても、それは、右のように、これを搬出整理するのに充分な時間があるのに原告が故意に放置したために生じたものであるから、原告に重大な過失があるので、被告は損害賠償額について過失相殺を主張する。

(六) 旧耕地整理法第二十七条に基く補償の義務はない。

本件建物は旧市街地建築物法、建築基準法等建築関係法令の許可又は認可を得ないで建てられたいわゆる違反建築物であるので、旧特別都市計画法施行令第三十五条によつて旧耕地整理法第二十七条の定める補償金は交付されないことになつている。

五、被告主張事実に対する原告の答弁

原告主張に反する部分は全部争う。

(乙第一号証中本件建物は7の建物であるがそれは趙の所有でなくて原告の所有であつた。原告は右文書に署名しておらず、趙がその所有たる8の建物を日本名たる豊原豊として署名し本件建物の分と二箇の署名をしているのである。)

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